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御香宮神社拝殿

御香宮拝殿

○データ
・場所:京都府京都市伏見区 御香宮神社拝殿
・年代:寛永2(1625)年 徳川頼宣の寄進
・装飾箇所:正面・後方の軒唐破風・蟇股6ヶ所ずつ、左右側面蟇股3ヶ所ずつ
・京都府指定文化財
・参考資料:
『重要文化財御香宮神社本殿・表門 京都府指定文化財 御香宮神社拝殿修理工事報告書』(2005)

御香宮神社は安産の神である神功皇后を中心として祭っている神社です。
さて、この拝殿ですが、1625(寛永2)年、紀伊藩初代藩主徳川頼宣(1602〜1671) によって寄進されたもので、中央が割れているので「割拝殿」といいます。
寛永年間といえば桃山文化の終末期、極め付けが日光東照宮と考えてもいいのではないかと思います。

○装飾配当図

御香宮拝殿
@ A B鷹 C琴高仙人ほか D E鴻 F唐獅子
G瑞鳥 H牡丹 I桃に目白 Jオシドリ K孟宗 L亀(蓬莱山) M牡丹ほか
N亀(蓬莱島) O紫苑 Pミヤコドリ Q鳳凰?鸞? R S鳳凰

補足
Cは軒唐破風となっており、 琴高仙人鯉の滝登り、間には龍の絵。 下段部分は椿と山鵲、中心の蟇股には五三桐が配される。
Mの軒唐破風には フクロウ、鳥(山鵲か?)、 椿、中心の蟇股には牡丹が配される。

果たしてこの配置などに意味があるのか?ということですが、A、E鴻(コウノトリ)が 赤ん坊を運んでくると言う伝承はヨーロッパ発祥ですし、その考えがこの時代にあったかどうか。 この神社は安産にご利益があるというのでなくはないのですが難しい。
@虎、F唐獅子は聖域守護、C琴高仙人は登竜門の故事から子どもの出世を願ったか。ただ、 琴高仙人が門に配される例はよくあるので、境界線という意味も考えられます。 L、Nの亀(蓬莱山)は不老長寿の願い、Jオシドリは夫婦和合と解することができるかと思います。
ところが、Iの目白やRの猿などはどう解するべきか、またK孟宗は中国二十四孝の ひとつなので教訓的なことというのが分かっても、なぜ孟宗なのかというところが引っかかります。 全てに意味が込められているのか、飾りとしてあるだけなのか、さまざまな見方から考えていかなく てはならない格好の例かと思います。

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