雄峯閣 ―書と装飾彫刻のみかた―

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武内宿禰(たけのうちのすくね)

武内宿禰

○撮影場所:富山県射水市
新湊曳山祭新町山(御神体)
○制作年代:天明8(1788)年以降

武内宿禰は大臣という身分からか、神功皇后 あるいは応神天皇に 仕える姿でいることがほとんどである。その場合、応神天皇は赤子の姿で あることが多い。

■特徴
・男性 年齢は壮年以上(大体が老人の姿)
・装束は後世のものなので注意
・組み合わせ:神功皇后 応神天皇
・その他図像:龍神より珠を受け取る図
※参考図版:神功皇后・武内宿禰・応神天皇三人揃い

■概要
『古事記』『日本書紀』に出てくる伝説の大臣。12代景行天皇から16代仁徳天皇まで244年 にわたって仕えたという。
装飾彫刻ではよく見かける方で、特に神功皇后との組み合わせが多い。 武内宿禰は神功皇后に侍る姿、赤子(応神天皇=八幡神)を抱える姿、また龍神より宝珠を いただく姿などバリエーション豊富である。

出典・参考

・『古事記』中巻(倉野憲司 校注『古事記』岩波文庫 1963年)
また建内宿禰沙庭に居て、神の命を請ひき。(中略)「凡そこの国は、汝命の御腹に坐す御子の知らさむ国 なり。」とさとしたまひき。ここに建内宿禰、「恐(かしこ)し、我が大神、その神の 腹に坐す御子は、何れの御子ぞや。」と白せば、「男子ぞ。」と答へて詔りたまひき。
・関連:日本神話

・正徳4(1714)年『絵本故事談』巻之二 武内宿禰
神功皇后新羅を征し給ひし時、武内供奉つかふまつりて、三韓を討従へ、 皇后帰朝ありて筑紫に至りて、応神天皇を誕生まします。八幡大神是なり。

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