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日本神話と装飾意匠

日本神話というと『古事記』『日本書紀』にあるものが主となるのですが、 なぜか装飾意匠に使われる題材は限定され、しかもよくあるパターンとして 「スサノオノミコトの大蛇退治」と「武内宿禰と神功皇后」が挙げられます。
ここでは装飾に使われる題材や人物を列挙していくとともに、それが使われる 理由や時代性、考えなどを考えていければと思います。

そもそも、日本神話とは?

日本神話の成立は諸説ありますが、一般的には『古事記』『日本書紀』にある 神々の話がそれにあたります。また、神々の話から天皇を中心とした話に移っていくの ですが、史実かどうかはあやふやです。そのあたりは伝説と考えればいいのかもしれません。
ただ、装飾意匠として用いる時、原本であるこれらを使ったかというと疑問が残ります。 なぜならば『太平記』にも日本神話はでてきますし、果ては寺子屋のテキストにまで日本神話 は登場しているのです。当然それらに話が全部出ているかというとそうではありません。
大まかに日本神話を『古事記』から拾い上げると、以下のようになります。

イザナギ・イザナミによる日本と神々の生成、イザナギの黄泉国往来、アマテラスとスサノオの対立、 天岩戸隠れ、スサノオの出雲での活躍(大蛇退治)、オオクニヌシの物語(因幡の白兎など)、 オオクニヌシの国譲り、天孫降臨、海幸・山幸、神武天皇の登場
(但し『日本書紀』にオオクニヌシの物語はない)

また、神武天皇以降、装飾に使われるところを『古事記』から拾うと次の通り。
ヤマトタケル(英雄伝説)、神功皇后・武内宿禰・応神天皇(朝鮮出兵)、 仁徳天皇(仁政を行なったとされる)

中世〜近世の神話の認識―『太平記』をもとに―

能などと違ってどのようにして日本神話が知られていたかは今のところはわかりません。 能にも「大蛇」など日本神話をもとにしたものがありますが、そのほとんどは『日本書紀』 をもとにしたものです。しかし、装飾意匠として用いる時に原典が用いられていたのか・・・。
そこで浮かぶのが『太平記』です。『太平記』には『日本書紀』をもとにして神話の 部分が語られています。それをもとに神話・伝説を抜書きすると以下の通り。

イザナギ・イザナミによる日本と神々の生成、アマテラスとスサノオの対立、 天岩戸隠れ、スサノオの大蛇退治(巻第25「三種の神器来由の事」)
ヤマトタケル(同上)、神功皇后・武内宿禰・応神天皇 (巻第40「神功皇后高麗を攻め給う事」)

果たして『太平記』がどれだけ中世〜近世の人々に浸透していたか、そこを証明 するところが難しいところなのですが(「太平記読み」という芸能者もいたくらい 浸透しているとはいえるのですが)、装飾に使われる題材とおおよそ一致します。
ただ、神功皇后・武内宿禰・応神天皇の場合は八幡信仰の広まりも吟味しなくては ならず、『八幡愚童訓』といったテキストも考えていかなくてはなりません。

寺子屋のテキスト

江戸時代中後期に出版された『本朝千字文』なる本があります。中国の古典で 日本でも漢字のいろはを習うのに用いられたという『千字文』のように四字×250 の千字で日本の始まりから豊臣秀吉の朝鮮出兵までを書いたモノです。こういったテキスト (往来物といいます)がどれだけ使われ、またどれだけの種類があったかについては最近漸く 脚光を浴びてきたようなのですが、まだわからない点が多いです。しかし、歴史の入門として 用いられたのは確かではないかと思いますので紹介しました。
これから日本の神話・伝説部分を抜き出すと次の通り。

日本開闢を国常立という、諾・册(イザナギ・イザナミ)二神は夫婦の根、窟の前に 燎を点ずに、鈿女(アメノウズメ)舞を奏す、岐蛇たちまちに亡ぶ、(中略)磐余 (神武天皇)即位、人皇の最初、(中略)草薙(ヤマトタケル)夷を戮し、(中略) 武内宿禰州界を正す、(中略)息長帯姫(神功皇后)三韓を征伐す、(以下略)

どうしても文章が短くなるのですが、当を得た表現が繰り広げられています。 装飾の題材でよく見られるものが出ているのは決して偶然ではなく、当時の共通認識 であったといっても過言ではないでしょう。ちなみにこの『本朝千字文』にも オオクニヌシの話はありません。

日本神話の最後の問題として、近代以降(いわゆる皇国史観)のひろがりと 装飾意匠(特に曳山に見られる)の問題があるのですが、これについては また機会を見繕って考えてみようと思います。

参考文献
長谷川端 校注・訳
新編日本古典文学全集54〜57『太平記1〜4』1994〜1998 小学館
石川松太郎 編『日本教科書大系 往来編11 歴史』1970 講談社
日本思想大系20『寺社縁起』1975 岩波書店
倉野憲司 校注『古事記』1963 岩波文庫

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