雄峯閣 ―書と装飾彫刻のみかた―

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琴棋書画とは?

琴棋書画(きんきしょが)とは中国士大夫(したいふ)における必須の教養のことで、 その中でも特に文人に重んじられたもののことです。
あくまでも趣味の範囲で、溺れることがないようにあるのが基本ですが、 だからといって中途半端な趣味ではない、玄人はだしであることが求められたある意味 厳しい世界が繰り広げられていました(しかし、あくまでも余技なのですが)。 中国ではその全てが政治に直結したのです。
日本には江戸時代、文人趣味が広まるにつれて 盛行しましたが、平安時代の貴族にも重んじられたことが『源氏物語絵巻』などからも 窺えます。
ただ、厳密には日本で文人といえる存在は少なく、あくまでも「文人趣味=中国趣味 」であった人々が多かった、ということを留めておいてもいいかもしれません。

琴の距離の遠さ

今、琴は3種類あるそうです。ひとつは琴(きんのこと)、ひとつは筝(そうのこと)、 そして和琴(わごん)です。琴は柱(じ)がないのに対し、筝は柱(じ)で弦の音程を調節します。
和琴は日本古来の琴で、『古事記』には神がかりの時に琴を弾いた記述などが あります。
ところが今は琴と筝がごちゃごちゃになっていますし、琴と来れば女性が弾くもののように 見られている節もあります。
どうやらこれは最近に始まったことではなく、日本では琵琶など弦楽器を弾けることを「琴棋書画」 の「琴」とみなす傾向があったようです。また『頭書増補訓蒙図彙大成』(寛政元〔1789〕年)を 見ますと、諸芸のうち女性がやっているものとして「琴」と「香」が絵で示されています。

碁の流行

碁は奈良時代以前に入ったもので、正倉院には碁盤と碁石がセットで所蔵されています。
碁にはさまざまな意味が込められており、例えば碁石の白黒は昼と夜、九目は九曜 の星(星占いなどに使う)、そして目の数である360は1年(太陰暦では1年360日) を表わすと言う、今では思いもよらないような奥の深さがあったのです。
そして碁は戦術を鍛えるとして、戦国大名の間にも重宝されました。 江戸時代には家元制度が生まれ、ますます流行。碁は「琴棋書画」の 中でもそう遠い位置にはなく、日本でも上から下まで流行した様子が窺えます。

書を書く?書を読む?

書については「書を書く」姿と「書を読む」2つの姿が用いられています。 どちらが正しいのかはいえませんが、書くにしろ読むにしろ、教養とされていたことは 疑いないことでしょう。
文人趣味の人々は好んで「中国風」の書を書きました。これが「唐様」というものです。 しかし、本場の中国に敵うものはなく、あくまでも中国風。
江戸時代以降は書の流派が乱立した時期でもありますが、書の手本(法帖)が中国から 大量に入り、出版技術の盛行によってそれが粗雑ながらも大衆に流布したのも見逃せないことです。
「読書」からみますと、江戸時代にはさまざまなものが出版されていたことが資料から 窺えます。また、「読書のすすめ」のようなものも書かれており、和漢問わずさまざまな本が 取り上げられていることもわかります。
「文人」として考えるならば、いわば政策提言などのために本を読むわけですが、 日本ではどちらかといえば知的好奇心から本が読まれていたのではないか(当然、 政策提言などを考えて読む人もいますが)と思います。

絵を描く

日本では江戸中期以降、「文人画」が盛んになります。職業としての画家が描くの ではなく(これは琴棋書画全てに共通しますが)、文化人、知識人が描いた絵画を指す ことが多いようです。
この「文人画」というのも「中国風の画」を指し、あくまでも中国趣味にのっとって のことでした。ですから狩野派の絵を描いても「文人画」とはいいません。
これも「書」で唐様が書かれたのと同じ事といってもいいかと思います。

中国文化への憧れ

これら挙げたものはみな日本化しているものですが、中国文化への憧れから、 特に重宝されました。「琴」のように現実との距離が遠いものもありますが、 絵画(障壁画)の題材に使われたり、曳山の彫刻にされたりしました。 また、焼き物の絵柄にも琴棋書画は使われていますが、当然のように、これを 描く(もしくは彫る)場合は中国の風景、中国の人物が用いられているのです。 当然例外もありまして、風俗画にも琴棋書画が使われる例もあり、そのばあいは 日本の風俗に琴棋書画を溶け込ませています。
しかし、考えて見ますと茶道や華道などが障壁画に描かれたり装飾に使われる 例は今のところ見たことがありません。やはり、中国文化への憧れ、−理想という べきか幻想というべきかは言葉に迷いますが−が装飾の世界にも強い影響を及ぼして いることは否めないのではないかと思います。

参考文献
高橋幹夫『絵で知る江戸時代』芙蓉書房出版 1998年

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