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飲中八仙歌とは?

飲中八仙歌とは中国唐の時代、「詩聖」と呼ばれる杜甫(712〜770) が作った漢詩です。内容は八人の酒客についてですが、まずは原文(読み下し)を出しましょう。

知章が馬に騎るは船に乗るに似たり  眼(まなこ)花(くら)み井に落ちて水底に眠る
汝陽は三斗にして始めて天に朝す  道に麹車に逢えば口に涎を流し
恨むらくは封を移して酒泉に向かわざりしを  左相の日興万銭を費す
飲むこと長鯨の百川を吸うが如く  杯を銜(ふく)み聖を楽しみ賢を避くと称す
宗之は瀟洒たる美少年  觴(さかずき)を挙げ白眼にして青天を望めば
皎(きょう)として玉樹の風前に臨むが如し  蘇晋は長斎す繍仏の前
酔中往往逃禅を愛す  李白は一斗詩百篇
長安市上酒家に眠る  天子呼び来たれども船に上らず
自ら称す臣は是れ酒中の仙と  張旭は三杯草聖伝わる
帽を脱ぎ頂を露(あらわ)す王公の前  毫を揮い紙に落とせば雲煙の如し
焦遂は五斗方(はじ)めて卓然  高談雄弁四筵を驚かす

この詩に出てくる八人の人物が飲中八仙というわけです。順番にあげると
賀知章 汝陽王 李適之 崔宗之 蘇晋 李白 張旭 焦遂
となります。いずれも杜甫と同時代の人物です。

さて、この歌がどのようにして日本に伝わり、そして装飾の材料として使われたか?
この漢詩は『唐詩選』にはいっており、江戸時代には寺子屋でもテキストとして 使われていたといいます。と考えるならば、別に手に入りにくいテキストではなかった どころか、よく知られた漢詩だったといえるのではないかと思います。
後は、そのテキストに則って飾りに用いるということになるでしょう。もしかすると、 絵手本などがあるのかもしれません。特に人物の場合は顔などで特定することはまず不可能であり、 持っているものや行動、連れに何がいるかによって特定することが初めて可能(図像解釈) となりますから、絵手本とかがあっても不思議ではないのです。
もちろん、それぞれアレンジなどが加えられることがあっても、 この場合ならば元をたどれば「飲中八仙歌」にたどれるようになっています。

江戸時代は中国の知識が多く用いられており、それがわからないと装飾についても 読み解くことができません。果たして、「飲中八仙歌」には何かメッセージが込められているのか、 それともただの飾りなのか、考えていく必要がありそうです。

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