雄峯閣 ―書と装飾彫刻のみかた―

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張孝・張礼(ちょうこう・ちょうれい)

張孝・張礼

○撮影場所:茨城県稲敷市 大杉神社
〇制作年代:正徳年間(1711〜1716)
張孝・張礼兄弟が悪党に対峙している場面。胸を出しているのが 張孝だろうか。

■物語(中国二十四孝)
世の中が飢饉のとき、張孝・張礼兄弟は八十歳になる母を養っていた。兄弟は木の実を 拾いに行くが、そこで飢えた悪党に襲われる。
張礼は「母に食事をさせてからまたここに来る、約束を破ったら一族を皆殺しに するといい」と言い、その場を逃れる。
約束どおり張礼は悪党のもとに行くが、張孝が「私を殺して張礼を助けよ」 と言い出す。 悪党は兄弟の心に感じ入り、殺すのをやめ、食べ物を与えた、という。

出典・参考

・中国二十四孝 張孝・張礼(日本古典文学大系『御伽草子』)
張孝張礼は兄弟也。世間飢饉の時に、八十余の母を養へり。木の実を拾に 行たれば、一人のたえ疲れたる者来て、張礼を殺てくらはんと云り。張礼云やうは、 「我老たる母をもてり。今日はいまだ食事を参らせざりつる程に、少の暇を給はれ。 母に食物を参らせて、頓而参らん。若此約束を違へば、家に来て、一族迄を殺給へ」 と云て帰る。母に食事を進て、約束の如くに、彼者の所へ到けり。兄の張孝是を聞きて、 又跡より行て、盗にいへる様は、「我は張礼より肥たる程に、食するによかるべし。 我を殺して張礼を扶よ」と云り。又張礼は、「我初よりの約束也」とて、死を争ければ、 彼無道成者も、兄弟の孝義を感て、友に死を免、か様の兄弟古今希也とて、 米二石塩一駄と与へたる。是を取りて帰り、いよいよ孝道をなせるとなり。

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