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勝鬘院多宝塔
○データ
・場所:大阪府大阪市天王寺区
勝鬘院多宝塔
・年代:慶長2(1597)年
豊臣秀吉寄進
・装飾箇所:蟇股の十二支、内部絵画
勝鬘院(しょうまんいん)は四天王寺の近くにある寺院です。
聖徳太子がこの寺院のあるところで勝鬘経というお経を
講読したことから付いた名前だといいます。
大阪は第二次大戦の空襲で大きな被害を受けましたが、
この寺院だけは焼けなかったので建物が残っているのです。
この1597(慶長2)年建立の多宝塔は、
見た限り何の変哲もない塔なのですが、一重目にある蟇股
に十二支の彫刻が施されています。彩色はされていません
(ただ、白色〔胡粉〕のようなものが見えるので、もともとは
彩色がされていたと思います。胡粉は彩色の下地に使います)、
十二支としては最古の装飾彫刻だといわれています。
下の写真は十二支のひとつ亥(いのしし)です。
では、なぜこの十二支が彫られたのか?類例も探していかなくてはならないのですが、 いわゆる安土・桃山時代の建築物には大なり小なり彫刻が施されています。 特に豊臣家の関わったものには多く認められます。
参考ホームページ :勝鬘院愛染堂公式ホームページ