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呂尚〔太公望〕(ろしょう 〔たいこうぼう〕)
○撮影場所:
富山県射水市 新湊曳山祭立町山(背面衣桁)
○制作年代:嘉永3(1850)年以前
太公望といえば釣り。見分け方の参考になるかはともかく
釣りをしているのは太公望と見ていいかもしれない。
ちなみに写真における波は青海波文様、松は唐松。
※参考図版:周の文王、太公望と出会う
○メモ
呂尚(紀元前11世紀ごろ)は中国周時代の軍師です。
この人についてはわからないことが多く、半ば伝説
に包まれているところが多いです。
有名なエピソードとして、釣りをしていたところに周の文王が来て
「これぞ太公(祖父)が待ち望んだ人物」と言って呂尚を登用したと言うのがあります。
そこで「太公が望んだ人物=太公望」となったようです。
○参考・出典
・『十八史略』(徳間文庫版1)
「呂尚という者あり。東海のほとりの人なり。窮困して年老い、漁釣して周に
至る。西伯(周文王)まさに猟せんとし、これを卜す。曰く『龍にあらずチ(蛟のこと)にあらず、
熊にあらず羆(ひぐま)にあらず、虎にあらずヒ(豹のこと)にあらず、獲るところ
は覇王の輔ならん』。果して呂尚に渭水の陽(きた)に遇う。ともに語り大いに悦び
て曰く『吾が先君太公より曰く、まさに聖人ありて周に適(ゆ)くべし、周因りて
もって興らんと。子は真にこれなるか。吾が太公、子を望むこと久し』。故に
これを号して太公望という。載せて与(とも)に倶(とも)に帰り、立てて師となし、
これを師尚父という。」