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許由(きょゆう)

許由

○撮影場所:富山県富山市 八尾曳山祭諏訪町山
○制作年代:明治18(1885)年
滝(水)と耳を洗う男性がいれば確実。巣父がセットとしてあるので、 区別はしやすい。

○出典
『太平記』巻第31「虞舜孝高の事」

○メモ
許由は中国三皇五帝時代、尭王の治世にいた隠者といわれています。
尭王は帝位に相応しい人物を探していました。その候補の一人が許由だったのですが、 それを聞いて山籠りしだします。尭王はそれでも許由に位を授けようとしますが、それを聞いた許由は 耳を洗い出しました。許由にとって位は汚らわしいものであり、それを聞いた耳が汚れたというので、 耳を洗ったのです。
この水の流れが巣父の話につながります。

○『太平記』巻第31「虞舜孝高の事」
(尭が誰かに帝位を譲ろうとして許由の名を聞きつけ)帝尭これを聞き給いて、 すなわち勅使を立てられ、御位を譲らるべき由を仰せ出だされたりけれども、許由 ついに勅答を申さず、剰え松風渓水の清音を聞きて爽やかなりつる耳の、富貴尊栄の 事を聞きて汚れたる心地悪しさよとて、潁川の水に耳を洗うところに、同じ山中に身を捨てて 居たりける巣父と云う賢人、牛を牽きてこの川の水を飼いけるが、許由が耳を洗うを見て、 「何事に耳を洗うぞ」と問いければ、許由、「帝尭、我に天下を譲らんと承りつる間、耳汚れて 覚ゆる程に洗うなり」と答えければ、巣父首を掻き、「さればこそ、この水の例よりも濁って」 見えつるを、何故やらんと覚束なく思いしが、この事にてありけり。さように汚れたる耳を洗い たる水をば、牛にも飼うべきようなし」とて、牛を牽き帰りけり。
長谷川端 校注・訳 新編日本古典文学全集58『太平記4』46〜47ページ

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